Re:心のリールは回っているか

パチンコに関することを掘り下げていくだけのブログ

悪魔の証明は神への冒涜だった

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日中は結構な時間、ラジオを聴いている。

 

ほとんどはニッポン放送、ライオンズの試合がある時と土曜の夜は文化放送のハイブリッドだ。

その日も惰性で聴いていると懐かしいワードが心に引っかかった。

 

ケータイ小説!!

 

あー懐かしい。

 

10年ほど前に流行ったケータイ小説だが読んだことはあるが覚えている作品は……あまりない。ヤングマガジンで連載していたDeep Loveくらいだろうか。話は全然覚えていない。

 

Deep Love REAL(2) (ヤングマガジンコミックス)

Deep Love REAL(2) (ヤングマガジンコミックス)

 

 

 

しかし、なんとなくイメージしているものはある。

 

うまく言語化できないがWikipediaには以下のようにあり、特徴を上手く捉えているので引用する。

 

短絡的・類型的なストーリー展開、語彙の少なさや文章表現の稚拙さ、投稿される際の推敲の不十分さ、安易な性的・暴力的描写など  

Wikipedia ケータイ小説の項より

 

私のイメージしているケータイ小説とはこれに近い。そもそも会話だけで作品が成り立っており、とても読みづらかった印象だ。

しかしながら、1つのブームを作ったのは間違いなく事実であり、なぜ現代社会において衰退してしまったのか理由は定かでない。

 

久しぶりにそのワードを聞いて連想したものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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浜崎あゆみ物語-序章-である。

 

安易な不幸の連鎖、枕営業を匂わせる性的描写…この短絡的なストーリー展開はまさしく

 

粗悪なケータイ小説

 

そのものではないか。

 

ケータイ小説全盛の08〜09年頃に企画され、粗悪なケータイ小説シナリオを摑まされたのがフィールズだとすればこの説は十分な説得力を持つ。

 

つまりパチンコ化の出来に激怒した浜崎あゆみが、本当に怒り狂うべき相手は物語を不幸のテンプレ化するケータイ小説市場だったのではないか?

 

 

 

神への冒涜

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ケータイ小説を調べていくと、浜崎あゆみというアーティストの域に収まらない大きさを知ることになる。

 

 

ケータイ小説の中でも一番にヒットした作品「恋空」を例に挙げると、この作品には恋人との死別、レイプ、妊娠、流産、リストカット、DV、地元のつながり、ドラッグなど、ケータイ小説の定番ともいえる要素が全て入っているのですが、それに比べ“固有名詞”がほとんど登場しません。

 にもかかわらず、なんと浜崎あゆみ」というアーティストとその曲名は、“実際の名前”で登場します。このことは恋空だけでなく、他のケータイ小説も同じ。

 

引用元

あれから10年、「ケータイ小説」が急速に廃れた理由とは? 現役女子高生に『恋空』を読んでもらった

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/amp/1707/18/news029.html

 

 

 

 

引用元コラムでは

ケータイ小説浜崎あゆみの世界観に感銘を受けて執筆した人がほとんどではないか」

と考察している。

以前、私もコラムで触れたように

歌詞の特徴として『抽象的な表現』が多いことが挙げられる。感受性豊かなティーンエイジャーにはピンスド、聴く人に考えさせる、人によって解釈が違うというタイプの歌詞であり、まさに『女子高生のカリスマ』を体現したものであろう。

本ブログBistyの怪作「CR浜崎あゆみ物語序章」は如何にして構築されたのかより

 

浜崎あゆみの歌詞の抽象的な世界観が浜崎あゆみ物語を構築していると考えている。

 

粗悪なケータイ小説浜崎あゆみ物語のシナリオどころの話ではなく、

 

ケータイ小説浜崎あゆみであり、その世界の唯一絶対神にして不可侵の概念だったのだ。

 

悪魔を証明しようとして私は神を暴いてしまった。

 

 

不可逆的な事象を抽象的な詩で歌う代表的アーティスト浜崎あゆみの現在の姿に

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時の流れを感じるかもしれないがそんな女性たちに、是非とも浜崎あゆみ物語を打ってもらいたい。

 

これは2000年代後半へ生きた女性たちへの聖書でありクルアーンなのだ。

 

(了)